―――夢を、

夢を見ているようだった。

頭の中がぼんやりとして、

目の前のものが何だかよく分からなくて、

ただ、赤い何かとしか思えなかった。





・・・ああ、そうだ。

これは、

目の前にあるこれは、私の―――





「―――っ!」
唐突に目が覚めた。
「・・・はっ、はぁっ、はぁっ・・・」
体が汗で濡れていて、とても気持ちが悪かった。

・・・何だか、酷く悪い夢を見ていたような気がする。
けれど、どんな夢だったかは思い出せなかった。
だから余計に気持ちが悪い。
「・・・は・・・すー・・・」
深呼吸をして、無理矢理に気分を落ち着けようとしてみる。
(ああもう、何なのよ・・・朝っぱらから気分が悪い!)


***

「・・・あれ、お姉ちゃん今日は早いね・・・?」
自分の部屋から出て階段を折り、居間へと向かう。
足音に気付いてこっちに顔を向けたのか、扉を開けたところで双葉と目が合った。
どんなに気分が悪くても、家族にあいさつをしないって言うのは気まずい空気を作る元になるから、とりあえず・・・。
「・・・おはよ」
「うん、おはよ」
(ふう・・・)
いつもと変わらない、双葉の笑顔。
今現在の私の気分とは対極を行っているような笑顔に少しいらっとするような、しないような・・・。
(・・・まあ、それでこのモヤモヤがちょっとは晴れるんなら、別にいいか)

・・・と、思った次の瞬間、



ザワリ、と、奇妙な感覚を覚えた。


「・・・・・・っ」
一瞬、寒気がした。
「・・・どうしたの?お姉ちゃん・・・」
双葉がそんなことを聞いてくる。
・・・ひょっとして、怖い顔でもしていたんだろうか。
「・・・何でも、ないわよ。寝汗が気持ち悪いから、ちょっと体洗ってくる・・・」




体を洗っても、まだ気分は晴れなかった。
でも、いくら何でもその程度で学校を休みます、なんてことが言える訳がない。
もともと、夢の内容が気持ち悪いものでした、程度なんだから。
・・・けど、それでもやっぱり気持ち悪いものは気持ち悪いんだけど。
(あー・・・もぉ、今日はこんなダウなーな気分で一日過ごせっての・・・?)
双葉と並んで通学しながら、そんなことを考える。
「お姉ちゃん・・・やっぱり、気分悪いの・・・?」
さっきのことを心配してるのか、横から双葉が聞いてくる。
「大丈夫だから・・・あんまり気にしないでいいわよ。ほら、あんたも早く行きなさい」
そう言って、私はいつまでも心配している双葉を離れさせる。
(夢の中身で寝汗かいて、それで風邪引いたとかなら、早めに離れたほうがいいわよね)
「酷くなったら、保健室行ったり早退してもいいからね?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ほら、行った行った」
「う、うん・・・」
(まったく、心配性なんだから・・・)


・・・気付けば、不快感は少しだけ収まっていた。
(・・・・・・私も心配性か。双葉のことは言えないわね・・・)
不快感とは関係はないはずなのに、なぜかそんなことを思った。



***


「・・・・・・」

ガタン

「どうかしたの、片羽?いつもに比べて随分と元気が無いみたいだけど」
「・・・悪かったわね、悠原。私だって、時々は調子が悪くなるの」
「・・・それは、余計なことを言ったかもね」
「余計も余計よ。・・・ったく、あんたにはいたわりの心ってモノは無いの?」
「ある程度の優しさは、持ち合わせてるんだけどねー」

ひょいっ
「何や?ゆーやんが悪魔な性格してるっつー話でもしとるんか?」
・・・突然、私の後ろから萩野が話に割り込んできた。こいつも私をからかいに来たのか。
「誰が悪魔よ?」
ぎろり、と。
悠原が軽く萩野を睨みつける。そりゃあ、悪魔といわれれば誰だって心外だろう。
・・・この行動も、からかいついでの冗談かもしれないけど。
「・・・ま、それはともかく。今日は随分と機嫌悪そーやなぁ、片羽?」
「あんたにまで言われるなんて・・・随分と分かりやすいのかな、今日の私の状態」
「ま、そやな・・・見りゃ分かる、っちゅーぐらいや」
そう言って次の瞬間、何を思いついたのかにやりとか嫌な笑い方をしながら、私の右手を取る。
・・・うわ、何か嫌な予感が。
「・・・ちょっと萩野、アンタ何す―――」
「あんまりいつまでも落ち込んどらんで、愛しの先輩のところに行って元気取り戻して来ぃ、やっ!」
「―――る気ィわっ!?」
・・・ちょ、
座ってる人間を掴んで放るって、何してんのよこのバカっ!?


どんっ

「わっ・・・!?」
偶然通った学生に当たってしまったらしい、その人もろとも倒れるような形になってしまった。 「ストラーイクぅ♪」
「人を人にぶつけといてストライクも何もないでしょうが、このバカ萩野っ!!・・・すいません、いきなりぶつかってごめんなさ・・・っ」


「・・・・・・笠、木?」


「・・・え?幡ヶ谷、先輩・・・ですか・・・?」
・・・なんで、先輩が、ここに・・・? 「・・・あ、ああ・・・いきなりなんか飛んで来るんでビックリしちまったが・・・笠木か」
「・・・・・・っ!!」
・・・ちょ、ちょっと待って?
・・・こ、この体制って、傍目から見たら、私が先輩に飛びついて押し倒したように見える?ひょっとして。
萩野を見ると、親指を立ててこちらに見せている。
「・・・っ!は、萩・・・あ、先輩、ごめんなさい今すぐどきますからっ!!」
萩野・・・、絶対に後で仕返ししてやる・・・っ!!


***


「元気のない奴を元気付けるには、そんなことを忘れさせるっちゅーのが一番や」
「それは、荒療治すぎない・・・?」
「こんぐらいで丁度いいんや」




(さて・・・どんな結果になるかは、分からないけれど・・・)


***


・・・あれから数日。
まだ、朝の不快感は治らなかった。
多分、毎日嫌な夢を見ているのだろう。
内容を覚えていない分、余計に気持ちが悪い。
(いい加減に、頭痛くなってきた・・・)
もう、何と言うか・・・学校に行くことも鬱陶しくなってきた。
それでも、学校に行っていたほうがまだ気分を紛らわせることができるから行っていた。



***


「お姉ちゃん、あのね・・・私、先輩と付き合うことになったんだ」
(・・・え・・・?)

昼休み、双葉に呼び出されて行ってみれば、そんな思いもかけない言葉を言われた。

「先輩って・・・・・・幡ヶ谷、先輩・・・?」
「う、うん・・・」
先輩が、双葉の彼氏に・・・?
「そ、か・・・取られちゃった、か・・・」
「うん・・・ごめんね、お姉ちゃんが先輩のこと好きなの、知ってたのに・・・」
「・・・いいの、別に」
妹に取られたのならしょうがない、と無理に自分を納得させる。
そうだ、しょうがない。もうどうにもできないことなんだ・・・。





ドクンッ




「―――っ!?」
突然、今までよりはるかに強い不快感、そして動悸が襲ってきた。
(――――――っ!?なに・・・っ?何なのよ、コレ・・・っ!?)
心臓が激しく暴れているような感じがする。
私は、胸を押さえて膝を突いた。
(・・・っ、大丈夫、落ち着け、落ち着け・・・っ!)
「お、お姉ちゃん、どうしたのっ!?大丈夫っ!?」
大丈夫、と言おうとして、双葉の顔を見上げようとすると、



ドクンッ




「っ!」
余計に心臓の動悸は激しくなっていった。
顔を上げたら・・・どうなるのだろうか?
そう思うと、怖くて顔を合わせることができない。
「大丈夫、だから・・・っ、早く、自分の教室に、戻って・・・っ」
「でも・・・っ」
「・・・いいから、戻って・・・っ」
「う・・・うん。でも、具合悪いんだったら、ちゃんと保健室行ってね・・・」



タッタッタッタッタッ



「片羽・・・?」
「ちょう、大丈夫か?保健室行くか?」
「・・・悠原・・・萩野・・・・・・」
双葉がいなくなったと思ったすぐ後に、2人が来た。
ただ、本当にすぐだったかは分からない。
胸を押さえて動悸と不快感を収めるまで、どれだけ経ったのか分からなかったのだから。
「・・・とりあえず、立てる?」
「・・・大丈夫よ。落ち着いてきたし」
「無理せんと、休んだほうがええんとちゃう?」
「平気。次の授業、受けるわ」
「・・・無理は、せんようにな?」
「・・・わかってるわよ」
私は、悠原と萩野の付き添いを(不本意だけども)付けて、教室へ戻った。
・・・まったく、普段はからかってばっかりの癖に、こーゆーときは心配性なんだから・・・。


***



「・・・私。対象者の進行を確認・・・多分、今夜にも。・・・・・・分かった」




…星屑の庭園、入り口…


…詠う、精霊の詩…